2014-03-24

植木鉢に想う



先日、義理の姪の卒業式に行ってきた。
来春からは中学生だ。

朝、結構早くに起きて準備して
何の気なしに行った小学校であったが、
久しぶりに入る校内で見る
色々な物にビンビンきちゃった。

低い水道を見ただけで
深いノスタルジーを感じた。
当時はこの水道が低く作られているだなんて
少しも思っていなかったなぁ。

この学校はとても花が多くて綺麗だった。
卒業式だったからなのかもしれないけど、
それにしても見渡す限り沢山の花。
花壇もあれば、植木鉢もあり
植木鉢は綺麗に沢山並べられていた。

そしてよく見ると、
植木鉢一つ一つに名前が書いてある。

あぁ、
やったわ・・・

ここでまたノスタルジックに浸る。

パンジー、向日葵、ヒヤシンス・・・

やった。

きれいな植木鉢を
一人一つづつ授かり
種や球根からスタート。
絵日記なんかも描きながら成長を記録して
皆で花が咲くまで育てたよね。


思い返せば、
僕は一度たりとも、
綺麗に花を咲かせたことがなかった。

花は咲けどもその茎は細く弱く、
いつも貧弱だった。

水やりが悪かったのか、
日当たりが悪かったのか、
わからない。

だけど、クラスの中には
今思い出しても充分に
はっきりとした像を結ぶほど
インパクトの有るダイナミックな1鉢を
育て上げる子 ってのが確実に存在した。

この差はいったい・・・

偶然か必然かはわからないが、
大きな差だった。

にもかかわらず、
当時の僕はそのことに関して何も感じていなかった。

そう、生まれたままの僕は、
物事に対する構え方がとても甘く、
思考の深さも甘かった。

今だったら、すごく考えると思う。

何が悪かったのか。
あいつと何が違ったのか。


つまりは、
この思考に持っていけるようになったのは
植木鉢を育てたあの頃よりずっと後だった。
という事なのだが、
今はこの思考が
全ての物事の基本になっていて僕の芯になっている。


もしかしたら、
小学生でこの芯を持てていたのかもしれないなぁ
と考えると、
学校教育の1つ1つも
無限の可能性に満ちていて
実に面白いなと思う。

卒業式に行ってよかった。


卒業おめでとう、ゆず。



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